展覧会のポスター
友人の女性建築家がデザインしました。

"FABRIK" Exhibition Design Project, 2002

デンマークで唯一のアルヴァ・アアルトが設計した(1972年竣工)北ユトランド美術館にて、「FABRIK(工場)」展の企画がありました。美術館のある都市オルボーは海峡に面して工場が建ち並ぶ都市ですが、近年に工場が内陸に移動しています。取り壊しが行われている工場や、地元の人たちの愛着のある幾つかの工場から機械のパーツや部品などが展示されることになり、その展示会場をデザインしました。
協働者と共に、デンマーク文化賞にノミネートされました。またこの展覧会に関する本がデンマークで出版されました。

北ユトランド美術館(絵葉書より)
この展覧会の会場は、中央の大きなガラスのホールです。712uの広さで、当時設計していた住宅の敷地の大きさと偶然同じでしたので、扱いやすかったです。

北ユトランド美術館(デンマーク オルボー)にて展示会場のデザイン

北ユトランド美術館
内部の様子


解体中の電力工場
この工場は頻繁に訪問し、展示物を探しました。

芋焼酎の工場です。
協働者の建築家 ピーター・マンダル・ハンセンと。


作業中の写真

展示場会場の大ホール
白亜の洗練されたデザインです。
設計者のアアルトはフィンランドの紙幣になっている人物です。
北欧特有の光が斜めに射し、床の大理石に反射します。

初期の打ち合わせ

展示壁の高さを検討中です。
デンマーク人は女性でも背が高く、高さの基準を決めるのは容易ではありませんでした。男性で2メートルをこえる友人が僕には2人もいます。
僕の友人の建築家は、ほとんどの男性が185センチをこえています。
175センチの僕は、いつも小さいと形容されてしまいます。

主な作業は美術館に専属の大工さんが行いました。
塗装などは地元の技術学校の学生に助けてもらえました。
僕はひたすら質疑に答えたり、何か問題がないか歩き回っていました。
大工さんの一人はイギリス人でしたので、英語の図面で大丈夫でした。

展覧会場には車椅子の人や高齢者も多く来ます。危ない場所も入念にチェックしました。
火災時の避難計画に関して、消防署の審査には何度も挑みました。なかなか許可が下りない。外国で一体何にやってるんだと、自分を責めます。
消防署に向かう車の中で、信号待ちの時も火災避難方法の図面を描きました。胃痛が続きます。市長がスピーチするオープニングの数時間前にようやく審査が通りました。

僕の作業机

この美術館まで、僕の住んでいたオーフスから特急で片道1時間半以上かかります。
ばたばたと図面を美術館の休憩所で書くことも多く、多くの情報が日本語で描かれ、僕しか理解できないものになってしまいました。もともとデンマークでは、職人に気づかれたくない情報、たとえば「ここは精度が悪く、ダメ。やり直し」などは日本語で記入しておくのです。
食事は美術館のレストランで済ますため、僕は全て無料ですが、もう見るのも嫌なほど飽きました。


道路に面して、黒く塗装された工場のオブジェが2つ展示されています。僕が塗りました。
これはひとつ2トンもあるのですが、夜間のうちにいたずらされてしまい、位置が変わっていました。どのような方法で動かされたのは謎です。

美術館の後方に見えるのは、1930年代につくられた展望台です。
展覧会の看板のFABRIKは工場の意味です。
この看板も夜間に何度かいたずらされました。

一番知的ないたずらは、「F A B R I K」が並び替えられて、「F」が倒されて、「B A R  I K」 の順番になっていました。これはデンマーク語で「飲み屋ですよね?」の意味です。
この都市には酒場が多く、大酒のみが多いのですが、実際に美術館に「お酒がのめるのか」、と電話があったことが話題になりました。

展示会の様子

いつもこんなには訪問者はいません。
展示壁の高さを抑えたので、歩き回っていても全体の雰囲気が見通せます。
一方で、中腰になって展示物に夢中になると、自分と展示物との一対一の小さな世界になります。

床には一部、工場から運んだ砂利や石炭、石灰も敷きました。
大理石の白い床はこの展示の趣向とは異なります。
工場で使われる波板も利用して工業的な雰囲気を目指しました。

展示場の会場へは、薄暗いトンネルを設置し訪問客を導きました。
美術館が非常にエレガントであるので、こういった装置の闇で「工場の世界」へと
気持ちの切り替えができるようにと考えました。

何を展示するのかを協働者と選ぶことにも関わりました。
どこにどのように展示するのかを決めるのは容易ではありませんでした。
以前、東京の専門学校で教えていたときに、学生の卒業制作の展示会の会場構成を担当したのですが、その経験がなかったら、この作業は不可能だったと思います。

デンマーク家具に夢中の僕は、廃工場の食堂に使われていた希少な椅子をいただきました。
現在も自宅の食卓で使っています。


展示場の会場への入り口周辺です。


トンネルの様子です。