最近の出来事です

僕は、パソコンの前に長い間座っているタイプの人間ではありません。20年前は熱狂し、ゲームをつくることもできましたが、今は全く興味がないのです。 
一日の電話の通話時間程度しかパソコンを利用していません。。。。。キーボードより万年筆に触れる時間の方が、好きです。
ですので頻繁には更新はできませんが宜しくおねがいします。(レイアウト等、デザインの未洗練はお許しください!)

上にある文章が最新のものです!



●2012年●


「降雪現象に現れる雪景」展
カタログができました。北海道内外でお目にかかれることがあればご批評ください。
尚、この活動(研究)は科学研究費補助金により実施したものです。






ビジネスセミナーの講師をしました。於:ロワジールホテル旭川








上野ファームさんの ナヤカフェギャラリーにて、東海大学教員と学生有志で展覧会を行いました。
「降雪現象に現れる雪景」展






●2011年●
旭川にて講演会を行いました。
「北欧・デンマークの安全な住まい」






北海道開発協会の出版物「開発こうほう」に、僕の文章が掲載されました。
市民の批判と共に生きる北欧デンマークの軌跡」

 



●2011年●
札幌の地下歩道空間に学生と作品を展示しました。
「アートに触れる」という北海道の多くの大学・専門学校が参加しました。
東海大学チームは、昨冬に大学キャンパスに設置した、降雪によって雪の造形が現れる作品を展示しました。

   

展示ボックスのイメージスタディ

  


札幌地下歩行空間のギャラリーに展示しました。キャスターで移動可能な展示ボックスです(片桐紙器 協賛)。

  
多くの人に見ていただきました。


●2011年●
デンマークで設計した住宅が、
デンマークの専門誌「北欧の建築家による戸建住宅」に掲載されました。
デンマークにおいて、1804年より2003年まで、過去200年間に建設された住宅作品の
バックリストとして、28作品のなかの1つに選ばれました。












東海大学藤森修研究室の永野宏樹君の卒業制作(2010年度)が評価され、学会誌や専門誌に掲載されました。
「脱動物支配型牧場(北海道別海町の実家での計画案)」



北海道開発協会の出版物に、助成金の成果発表が掲載されました。藤森研究室の山越康平君の卒業制作も紹介。
「高架下学生物語」JR旭川駅の高架化により生まれた高架下に学生寮を提案したもの。







東海大学藤森修研究室の鈴木貴也君の卒業制作(2009年度)が評価され、学会誌や専門誌に掲載されました。





旭川での講演前に、大学で取材を受けました。





●2010年 ●
取材を受け、自宅(東京)が掲載されました。



●2010年 ●

デンマークの都市デザインのエッセイを寄稿しました。



●2009年 ●
旭川市の図書館で講演しました。


●2009年 ●
旭川市でシンポジウムがありました。



●2009年●

東海大学芸術工学部建築環境・デザイン学科の僕の研究室の学生、小林君の卒業制作が、
全国の大学を巡る巡回展に出品されることになりました。
テーマはペット専用の火葬場で、彼とは頻繁に火葬場の見学に出かけました。


   模型写真

【ペット専用の火葬場と霊園、心のランドスケープ】

火葬場へのアプローチはこれから始まる儀式の場への前奏でありたい。
数百メートルの石畳の道を、脇に流れる小川の水音を聞きながら、ゆったりとした気持ちで歩き自分の気持ちに祈り合いをつけたい。
ゆるやかな斜面が終わりかけたところに現れる火葬場。足下の素材が石畳から砂利の音、ウッドデッキの音へと変わっていく。
自分の足音を聞くことで、自らの意思で向かっているという「気づき」を狙った。
天井の高い空間・低い空間、明るい空間・暗い空間、大きい空間・細長い空間。
やがては死に直面するであろう閾(しきい)を超えていく。
儀式としての非日常的な印象を高めた。

●2009年 2月●

The Japan Times の記事に、新宿地下通路に提案した作品のコンセプトが少し紹介されました。
記事の終わりのほうです。是非見てください。



←クリックしてください

●2009年 ●
学会誌にデンマークの街づくりのエッセイを寄稿しました。




●2009年 2月●

現在、札幌芸術の森美術館に展示中の作品です。
思いがけない雪彫刻の様子に驚いています。

 

 









以下は、某機関誌に寄稿した文章です。札幌の作品で協働者と共に考えたことを文章にまとめたものです。

署名の弱いデザイン 

藤森修

Design with/or without Signature 

Osamu FUJIMORI


署名/デ・ザイン

いま目の前に、僕が2000年度にデンマークで取得した車の免許証がある。
これはヨーロッパに限り、国や文化のバリアーを越えての運転が保証されている。クレジットカードサイズで顔写真があるのは日本のそれと同じだけれども、次の更新日が僕の
70歳の誕生日(さらに更新後は死亡まで有効)というから、免許を取得してから40年間近く使うことが出来る。
顔は変わる。僕は明日メガネが必要になるかもしれないし、
2時間後に白髪になるかもしれない。
今もマスクをしている。顔写真の容姿は刻々と現実から
離れていく。

よく見ると免許には僕の「署名」が印刷されており、日本のそれとは異なっている。この筆跡が、僕が本当に僕であることを証明するアイデンティティとなっているようだ。免許証に残されて消えない僕の署名は、僕と免許証との間に他の誰も入る余地のない、閉じたコスモロジーを生み出している。
署名は僕自身あるいは分身である。

こうした「署名」の問題を考えるとき、これを日本文化のコンテクストに置くと、少々あいまいで不鮮明になって大切な問題から離れてしまう。

 デザインすることが社会的な行為であるならば、「デザイン」とは作者の個人的な趣向であるとか、表現したい欲求とか、自己顕示欲とか、「自分の分身」を刻むことではなく、作者のサイン・署名を漂白してモノを社会に開いていく職能だと信じている。

デザインの誕生として、Design−デ・サイン(sign)−サインの否定、という語源論をどこかの国で耳にしたことがあるが、それはどうでもいい。
どうでもよくないのは、高価な芸術作品の隅に刻まれがちの作者の署名はデザインの分野には必要ないのではないか、ということである。
ブランド物の影響か、
B級雑誌の影響か、モノのデザイナーに焦点を当てることでしか、モノのアイデンティティを確認できない一部のマニアックな人種に迎合する必要はないと思う。それは誰が作ったかなどという情報など、デザインには要らない。


署名の跡/エゴイズム

 僕は建築設計を専門としながらも、「建築を計画すること」を疑うことがある。
ヨーロッパを散策したときに心を打たれた美術館は、きまって建設当初は美術館として計画された建物ではなかった。
もともと駅だったり宮殿や住宅、工場だった。
刑務所や戦争の施設、学校だったり、大聖堂だったりした。
皮肉にも芸術作品と建築空間は、これしかないと思えるほど絶妙な調和を奏でる。

作者の当初の意図が更新され、美術館として改築されたのだから、その空間を造った作者の署名も限りなく弱まっている。

そこでは、デザインを感じた。

一方、何年もかけて製図版の上で志向された美術館建築のエリートは、「訪問者をこういう気持ちにさせてやろう」「芸術作品を素晴らしく演出してやろう」「施設の非日常性を演出してやろう」「美しく見せよう」といったミエミエの意図や仕掛けにうんざりする。
いま、この現代社会とあわせて考えると、残された作者の署名は、なんだかいい気なもんだなと呆れるし、努力が報われない道化師の、仕事に失敗したときに直面してしまったような哀れみを感じる。


/作者

 雪国で雪をテーマとした作品を考えるときに、まずあの雪像のイメージが蘇る。
雪を単に素材として見做し、どこか子供じみたプロセスを経て、全く違ったイメージを作り出す。作っている人は楽しいのだろう。やがては何もなかったように人為的な意図が介在し、無くなっていく。

僕は昨年より東京から北海道に移住したので、あの雪がこんなお城になった!という雪像の衝撃も多いのだが、どこか違和感も覚える。雪の特性のほんの僅かな局面だけしか見ていないようで、除雪したり融雪されたり、勝手なイコンを彫刻されたり、人間のエゴイズムに降り続ける雪を気の毒に思った。
雪が空から降ってくるという「降雪の現象」にこそ焦点を当てるべきではないか。

札幌芸術の森美術館に展示中の作品、「SNOW FALL/いとなみ」の制作に当たり、僕たち3人は作為の象徴である「幾何学」形態を用い、作り手としての最小限の署名を残した。ものづくりへの責任表明でもある。人間の手により汚されない「美術館の中庭」という特異な環境において、気まぐれな降雪・積雪現象は我々の署名を漂白し、幾何学を弱め、“DESIGN with SNOW”がはじまるのを待機したい。降雪によって、雪の造形が現れては消えるのである。時に美しいかもしれないし、醜いかもしれない。

ある深夜には硬質で透明なクリスタルの雪彫刻が現れ、その数時間後には思わず触りたくなるような、可触的なフワフワのものと代わった。しかし、突然の雨で消えてゆく。
中庭とは周囲が壁で囲まれている環境であるから、風の流れも周辺環境とは異なる。生産される雪の造形物の形状は環境を映し、その場であるからこその造形が現れる。「環境を作品に反映させる」という建築分野での最もスタンダードな方法である。
サッポロなのになぜかヨーロッパのお城を「もどく」という、コンテクストと断ち切られている従来のテーマパーク型の雪像への批判も込められている。

  ホワイトアウトする署名。
   あるべき彫刻ではなく、あり得る彫刻。

日常会話で主語を省きがちな日本人にとっては、デザインという、署名を省く行為は既に文化に刻まれていることかもしれない。
かつて日本の雪国では除雪を禁じる地域があったという。降った雪に手を出せない。
雪景の美を保存しようとする自然への愛護からのルールといわれている。
1
雪こそが作者である。こうした認識は、つくることの責任の放棄ではなく、すべてを作為で制御しようとする従来のデザインのあり方への批判でもあり、まれびとをも容認していこうとする雪国の寛容さをあらわしているのではないだろうか。

参考文献1) ブルーノ・タウト.篠田英雄訳.「日本美の再発見」岩波新書1939p130-131






●2009年 2月●

札幌芸術の森美術館で現在展示中の作品情報が掲載されました。


 ←クリックしてください




札幌芸術の森美術館で現在展示中の作品情報が掲載されました。

  

●2009年 1月●

旭川デザイン協議会の会報誌にエッセイを寄稿しました。(表紙も僕の作品です。)

 ←クリックしてください


●2008年 12月●


可愛いインテリア誌に自宅が掲載されました。

←クリックしてください


●2008年 9月●


札幌芸術の森美術館に打ち合わせに行きました。
この冬に東海大学の先生たちと雪のアートを制作し展示する予定です。
札幌は高校の修学旅行先で、当時の記憶が蘇ってくる場所です。
いい作品が出来たら、昨年末に20年ぶりに会った同級生に連絡しようと思っています。

 

●2008年 某月●

以下は非常勤講師をする大学の機関誌に寄稿したものです。
建築の学生向けのものではなく情報をデザインする学生向けのエッセイです。


情報とストーカー


学生だったころ、参考書の見開きページのほぼ全文が蛍光マーカーで彩られたことがあった。確かにあのページはどのくだりも重要だった。冷静に考えるとすべてが重要なのだから、マーキングなどやめてしまって、手を付けなければいいのに、心情的には跡を残さないわけはいかない。混乱さえ誘う大げさな色味頁だが、見開きに描かれた情報を優劣つけずに真摯に追いかけていた。

アルコール依存症の人たちがお酒を手に淀んでしまう、教会の横の広場に建物の計画をしたことがあった。場所はデンマーク。依存症の人はストレスが原因で、やがて傷害事件を起こしてしまっていた。大きな事件になってしまった。この広場に建物を計画することで人の流れをつくって、アルコール依存症の人たちの事件を軽減させる目的があった。
北欧は福祉の国。単に彼らを排除する計画でないことが計画を難関にしていたと思う。

地図を見ると計画地のサイズが正確にわかる。幅何メートル長さ何メートルと具体的な面積と形状が得られるのだけれど、この場合、数値的な情報では現実を直視できないでいる彼らの疎外感に対峙できないのではないか。
日本の狭い住宅地で家を計画するときのような、ごく限られた場所でしか通用しないデザイン法を深刻な社会問題にあてがう前に、僕はもっとこの場所を知らなくてはいけなかった。


アルコール依存症の人はどこから広場にやってくるのかひたすら尾行してみた。こんな場所に住んでいたのか。すこしずつだけど、彼らの後ろ姿が語りかける。
彼らが手にしている、見慣れない安酒を飲んで計画地を彷徨ってみた。広場に並ぶお店の定員の対応はどうか。人とぶつかり嫌味を言われる。風景が歪み、教会の鐘が物悲しく響く。
広場の塀に描かれた落書きはあの徒党によるものだ。彼らのことも調べてみたし、広場のベンチにいつも座っている淋しい人も追跡してみた。ここに勤めていたのか。

追跡にはエラーも多いかもしれない。だが学生の頃、たくさんの英単語の意味が間違っていても、おおよその文面の意味を把握できる方法があった。

最後にはデザインとは冷静に向き合うもの。「署名」を外さなければならない。集めた情報がどのように計画に影響したのだろうか。無駄も混乱も多い。だけれども白地図の上から始めるようなデザインでは到達できない結果となったはずだ。

何度か危ない目に遭ってしまったけれど、街をつくるのは人であって、建物も人の行動でつくられるべきではないだろうか。

藤森修

   



●2008年 9月●
成美堂出版の「北欧のあたたかい部屋づくり」に自宅が掲載されました。
裏表紙は我が家の自宅です。
自宅での取材を受け、デンマークの家具や雑貨などについてインタビューを受けました。
 ←クリックしてください






●2008年 8月●
デンマーク人の画家「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」
の展覧会が9月の30日より上野の国立西洋美術館ではじまります。エッセイの依頼があり、
自分のデンマークでの経験を寄稿しました。

  ←クリックしてください。



●2008年 8月●

オーフスの建築家学校の2年生のシーネがボーイフレンドと東京に来たので色々とまわりました。
ボーイフレンドは小学校の教師を目指して頑張っているようです。とても温厚な人でした。
彼女(シーネ)の方は日本のアートに夢中で、展覧会に行くとしきりにスケッチをしたり感想を書いていました。
僕が紹介した古本屋で、相当アートの本を買っていました。(支払いはいつも彼の方でしたが。)
ベジタリアンなので寿司が好きといってもライスしか食べることが出来ません。
一度牛肉コロッケを勧めてしまい、一口食べてびっくり!させてしまいました。。。。。。

 


●2008年 8月●

東京の自宅のベランダに鳩のカップルが来るようになりました。
上野公園の鳩でしょうか。
ある朝、3匹目の鳩が来たのですが、くちばしが負傷していました。
えさを食べることが出来ない様子。ペット病院に連れて行こうと思い,捕獲しようとしたが失敗。
途中で鳩の専門家を検索し電話して対処方法を聞きました。
伝書鳩の専門家の方でしたが、、、、、とても親切に応えてくれました。(鳩に対してすごく興味を持ちました。)





●2008年 6月●
旭川デザインマンス2008の企画に参加しました。
旭川ターミナルホテルで講演会をしました。こういう機会で北海道の人たちに受け入れてもらってきているような気がします。大学でも小さな講演をしました。



●2008年 6月●

デンマーク オルボー大学の先生と学生で横浜やデンマーク大使館を見学しました。
先生のうちの一人、クラウスさんのご自宅には3ヶ月前に遊びに来ました。
何十メートルもある廊下にはイタリアで購入したという彫刻が並べられていました。

 

●2008年 某月●
フジテレビのハピふる!の取材を受けました。 放送はデンマークに行っていて見れませんでしたが、
たくさんの学生が授業中に見てくれたようです。撮影は自宅ですし、ディレクターの方が同世代で緊張もなかったのですが、
色々な意味でかなり落ち込みました。

   

 

  

 

●2008年 4月●
デンマークの建築家教育に関するエッセイを寄稿しました。「建築ジャーナル」4月号2008年


←クリックしてください。



●2008年 3月●
建築ジャーナル」にエッセイを寄稿しました。専門誌なのでちょっと堅い文章です。

←クリックしてください。




●2008年 2月某日●

皆様、本当に長い間更新できなくてごめんなさい。この1年は特に学校関係が忙しく、メールだけでインターネットをする機会もあまりありませんでした。
作品も制作していました。一番印象的だったのは、昨年の東京デザイナーズウィークのプロ展に出品した作品です。
建築家の松島弘幸と、新宿で深夜に頻繁に打ち合わせしてデザインしました。新宿地下通路に設置されている「ホームレスの人たちが家を作る邪魔をするベンチのようなもの」があるのですが、友人の外国人に「あれは酷すぎる」と指摘を受けたことがあります。僕は関守石(せきもり・いし)という、茶室の前に置いてあるささやかな石(縄で結んであります)をイメージした照明を作りました。
関守石は「ちょっとこちらに来るのを遠慮してくれますか」といったやさしいメッセージを伝える役割があるので、新宿地下通路に置くと、ホームレスの人たちに対して、占拠するのを遠慮してもらうという役割があります。たくさんの人に協力してもらい「作品」となりました。3つ作ったのですが、自宅に1つ残っています。今後、海外でも発表します。

     
     関守石         現状:新宿地下通路                   提案のイメージ

     
           中央:本人です。            お庭の専門家、清水さんに指導してもらいました。


※以下は先日、この作品の意図を某機関誌に寄稿したエッセイです!


←クリックしてください。






□□□

スペインの建築・デザインの出版社から、僕の作品をデンマークの雑誌で見たと連絡があり、台東区の自宅とあわせて書籍に載せたいと連絡がありました。大きな出版社で、世界の本をチェックしてると言っていました。いい写真がないのでデンマークの写真家に連絡して撮影をお願いしました。まだ本になっていませんがとても楽しみに待っています。

□□□

昨年はトータルで70人くらいの外国人に対して東京案内しました。教授ばかり(友人)20人で来日したこともありましたし、デンマークの建築学生が団体で来たこともありました。
この6月にまた30人くらい来ます。日常の仕事と比べようもなく気を使って疲れますが、楽しい時間です。






□□□


芸術新潮ヤコブセン特集に協力しました。僕の名前も載せていただきました。

   
  ←クリックしてください


□□□


以下の本に作品が掲載されました。