デンマーク社会における建築家の職能  

      筆者:藤森修(デンマーク建築家協会会員)


北欧の建築


 北欧の建築を訪れると白く柔らかな光に囲まれ、洗練したディテールが沈黙し、人間味あるバランスのとれた気配を感じます。近年の建築スタイルの潮流や流行に迎合することなく、建築に対する真摯な態度を示していると思います。私は近年まで北欧・デンマークの第2の都市オーフスを拠点としていました。2003年度に建築家の認定を受けてからは人脈が広がり、住宅設計などを行ってきました。
 私が
帰国の折には、現地の先輩・建築家から婉曲的な表現で、日本と異なる特殊な環境で築いた建築家としての倫理と誇りを生涯持ち続けるべきだという言葉をいただきました。親日家である彼が言おうとしたその真意を、私の国の文脈で解釈できる日はもう少し先のことになるかもしれません。日本では北欧との共通点を強調した皮相的な記事をよく目にしますが、両者の状況は異なります。あくまで私の個人的な経験を基に、デンマークの建築家土壌についてお伝えしたいと思います。


デンマークにおける建築家教育


デンマークで建築家を目指すのであれば、国内に2つある建築家学校のうちどちらかを卒業しなければなりません。1つはコペンハーゲンにある王立アカデミーであり、もう1校は私が卒業したオーフス建築家学校です。ここはデンマークの文化庁にあたる機関が管轄する国立の学校で、およそ1000人の学生が在籍します。すでに大学を卒業してからの入学者や、多くの住宅設計の経験のある人物(ハウスビルダー)もいました。私の見たところ、若い入学者で25歳くらいでしょうか。入学審査には建築作品のポートフォリオが必要のため、専門学校などで建築を数年学んでから入学する人が多いのです。インターンが長期化する傾向にあり、在学中に家庭を持つことは珍しくなく、託児所に子供を預けて登校するなど日本の環境とは大きく異なります。私は日本人としてこの学校のはじめての修了者ですが、滞在許可証の取得は厳しく、常時弁護士に相談しながら政府と交渉しました。  デンマークの建築家教育において、建築は「諸芸術の母」として考えられています。建築家学校では2年次までは共通の建築設計の課題を行いますが、それ以降は建築、家具、グラフィック、プロダクト、ランドスケープ、補修・修復などの専門分野に進みます。たとえポスター、家具、プロダクトでも、それらが置かれるのは建築空間です。そのため母となる建築や建築史を修得するということです。北欧の家具デザインに絞って学びにきた留学生はこのような教育環境に翻弄されていました。建築構造や設備などは、別のテクニカルスクールでしか学ぶことしかできません。たとえばシドニーのオペラハウスでのヨーン・ウッゾンとオブ・アラップ(共にデンマーク人)の仕事のように、専門分野を明確化した上で仕事を行うという体制です。
 建築家の認定は日本の文部科学省に相当する機関が選択した審査員を交え、建築家学校の最終学年の試験で年に2度行われます。北欧の家具職人の資格は厳しく、わずか1回しか挑戦できませんが、建築の場合生涯3回まで挑戦できると聞きます。無事にパスすると盛大なパーティーがあり、建築家協会へ入会資格が与えられます。すぐに独立し事務所を持つ人は少なくはありません。


建築家・
ARKITEKT

日本の北欧ブームのなか、「北欧の建築家は照明器具や家具、食器までデザインする」という言い方をしますが、デンマークでは不思議な言い回しとして捉えられるでしょう。アーキテクト(建築家)とはシェルターだけを設計をする人物ではありません。分野にこだわらずにデザイン全般を扱う人物を指します。日本で「デンマークの家具デザイナー」とよばれる彼らのほとんどは「ARKITEKT建築家」です。建築家の社会的地位は高いと聞きました。過去には公共機関などで順番待ちをしていると、建築家という肩書きを添えて名を呼ばれたといいます。


市民の介入・建築への関心

 民主的で平等意識が高いデンマーク社会では権威性のある建築の姿を嫌います。公共建築はすべて設計競技を行います。当選案は敷地にモックアップをつくり、市民の投票で建設の良否を決めます。
 建築模型の色と現実の色味が異なり、建て壊しの運動が生じたこともあるようです。アルネ・ヤコブセンの建築も当時は強烈な市民の批判を浴びました。デンマークで人気の高いウッゾンの文化施設なども計画の白紙化を余儀なくされました。都市の景観を非常に重視するために、市民の建築への関心は驚くほど高いのです。
 デンマークの視覚障害者に「日本の黄色い誘導用ブロック」の感想を聞いたところ、視覚にハンディのある彼らですらこの色は景観上いかがなものか、と言い切ったそうです。日本人は美しい桜を見るのにどうして青いシートを敷くのか理解できない、と。


住宅設計の経験を通して

私は日本人ということもあり、夫がデンマーク人、夫人が日本人である家族の住宅設計の機会に恵まれ取り組んできました。日本人として自分自身のアイデンティを住居の中で確認していくことは異国で生活する上できわめて重要な課題になっています。
 施主と共に敷地の候補を探した経験から、デンマーク、とりわけオーフス郊外の住宅地における条例に触れることになりました。市の建築家が率先した姿勢で描く「景観のビジョン」。これを支えるローカルプラン(条例)が定められています。厳しい敷地では平屋建てのレンガ造のみ可であり、レンガの色味までも決められていました。家の形状が窓の配置を含め完全な対称形しか許されていませんでした。屋根の角度、軒の出、物置小屋の色、そこに取り付く照明器具の色まで定められています。資源節約上、シャワーのみでバスタブの設置が許されない地域があります。
 住宅地を歩き回ると、なるほど景観の統一感があり、良好な環境であると納得させられるのです。 比較的自由な敷地もありますが、確認申請時には温厚な担当者に対し、施主と共に模型で詳細を説明したうえで様々な指摘を受けました。暖房コストの配慮から、外壁の厚さは木造であっても空気層を何層も設け、トータルで35センチ程度を義務付けられています。また隣家に光の反射を与えうる金属屋根を却下されました。コンクリートでなく、ポップコーンを固めたような空気層の多い気泡状ブロックで基礎の立ち上がりをつくることが決められていました。
 北欧は福祉国家であることから、将来建築主に車椅子の友人ができたとき、ホームパーティーで招く可能性をも考えて、廊下の幅を最低1.35メートルにするよう指摘されました。いかなる状況でも障害者を疎外しないこと。これが北欧のバリアフリーの思想です。
 条例ではありませんが子供が18歳までに巣立ち独立するように、0歳から個室を与え、子供専用のトイレと浴室をも設けることは通例となっています。


社会に向き合う建築の姿

小国の穏やかな社会の中に、イスラム圏からの移民や貧しい国、戦争から逃れてくる家族など、異なる文化が流入し社会が複雑化しています。風習の違いは大きなストレスを生みます。
 近年、わが国で生じた児童が誘拐されるなどの事件において、たとえば同種の事件がデンマークで生じた場合では犯罪の温床となった「都市や建築」をつくってきた建築家にも責任が問われると聞きます。建築家の職能の根源に関わる「社会に向き合う建築」は、デンマークの文化に根ざしたものかもしれません。持ち続けるべき建築家の倫理と誇りとはこのようなものでしょうか。